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bathosphere:

The neighbors are going to kill me…

(via siyo)

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「ある捜査官は、大阪府警本部の資料の表に従って、『ステップは〇、腰をくねらせるだけなら△、リズムを取るだけの軽い上下運動は×』などと証言しました。

また、別の捜査官は、(何がダメかは)摘発現場にいる警察官が個別判断するものだと言いました。

なかには、『音楽に合わせて楽しくリズムに乗って踊っているような状況があれば、もうそれで享楽的』という証言までありました」

これに対して、摘発当日にいた客は「純粋に音楽を楽しんでいた」「男女が密着して踊るようなことはなかった」などと証言したという。

西川弁護士はこうした証言を踏まえて、次のように問題点を指摘する。

「本来ならば、ある行為を『犯罪』とする以上は、『どんなダンス』がダメなのか、何が『ダンスをさせる営業』にあたるのかについて、明確に決まっているべきです。ところが、実際はそうでなかったということです。

また、実際に現場で『男女間の享楽的雰囲気』があったかどうかについても、裁判で具体的な証言はなく、摘発に当たっても、ほとんど考慮されずにいたことが明らかとなりました」

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もしかすると、俺はカルト宗教にハマっていて、その教義を信じているだけかも知れない――。週に一度ぐらい、その可能性を疑ってみるといい。 たいがい、何かに偏っているか、頼っているか、誰かを嫌っているか、バカにすることで自我を保っているんだよね。もちろん、この僕も。
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勝手に部屋は散らかるのに、勝手に仕事は片付かない。

これは重要なことだ。つまり、どちらも「自分でやっていることなのに」だ。

ここにユビキタスの本質がある。そして、アイデアに出会うための戦略がある。

いつのまにか散らかっている机、部屋。私は、この「いつのまにか」の力を自分にプラスに働くようなシステムをつくりたいと考えてきた。たとえば、いつのまにか、「ある英単語」を覚えている。そういう世界だ。

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そんな自分にとっての自然な居場所と思えるところはどこだろう。思いつかない。強いて云えばそれは場所ではなく、散歩という行為のなかにあるような気がする。私は会社帰りに三時間も四時間もひとりで夜の散歩をする。わざと道に迷うように歩く。路地を曲がって、その先が「なんだかいい感じ」だとどきどきする。あそここそ私の求めていた場所だ。だが、実際にそこに立っても何も起こらない。ちがう。ここじゃなかった、と思いながら、次々に路地の奥に入ってゆく。完全に迷ってしまって、タクシーで最寄り駅まで行く羽目になることも多い。

真夏の夜に、スーツとネクタイ姿のまま、汗びっしょりで何時間も歩き続ける。本当に「修行僧」なのかもしれない。こんなにも狂ったように激しい散歩をする人間が私以外にいるのだろうか。いったいここはどこなんだろう。辺りに何もない闇の中に自動販売機の灯りがぼおっと点っている。レモンジュースを買って飲む。レモンなのに手がべたべたになる。もう一本、今度はミネラルウォーターを買ってぺちゃぺちゃと手を洗っていると、胸が締めつけられそうに孤独で、でも自由なのだ。

— 穂村弘『本当はちがうんだ日記』P.120 2005 集英社 (via shanti) (via yuco) (via hanemimi) (via suzukichiyo) (via ginzuna, sandman-kk) (via suyhnc) (via jacony)
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pedalfar:

Tsubasa Honda : 本田 翼

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Tsubasa Honda : 本田 翼

(via isbsh)

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(Source: definemotorsports, via jacony)

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damestreep:

Meryl Streep & Don Gummer | 86th Annual Academy Awards - Show (March 2, 2014)

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Meryl Streep & Don Gummer | 86th Annual Academy Awards - Show (March 2, 2014)

(via jacony)

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江戸時代の末期、私の住んでいる八丈島には2人の女が罪人として流されている。最初に流されたのが豊菊と云う女郎(彼女は越後百姓家に生まれ13歳で人買いに買われた後で深川の遊郭に売られたらしい)で、その数年後には花蝶と云う、これも吉原の遊女が流されている。何れも、今で云う男性関係の縺れからであろうか?火付けの罪であるらしい。
本来、火付けは「火あぶりの刑」であったが、遠島、島流しとして処罰されたのは情状の理由があったのかも知れない(それとも、裁いた奉行が色香に弱かったのか?)、それにしても時代劇よろしく大岡越前守がムシロの上で後手に縛られている女郎に「八丈島に遠島を申し付ける~!」、なんて云う図を想像するだけでもその場にいるような気になってしまう。
そして、島に流された罪人は何故か「流人、所作をかまわず」と云うお墨付きがあって、どこに住んでも、どんな仕事も選べるので、それは過酷な金鉱採掘の佐渡流人とは比べ物にならないぐらいの優遇され、鍛冶屋は鉄を打ち、大工は家を建て、薬屋は薬草を取って薬を作り、坊主はどんな生臭であっても托鉢に回ったと云う。
そして、当然のごとく2人共に、島では天職?の遊郭(と云っても一間しか無い掘建て小屋で焼酎を飲ませ、春を売るのだが)を営る。これは凄い事だと思う。如何に当時、遊郭が合法であったにしても、金銭の流通の少ない八丈島であるから、勿論お金では無く、里芋や焼酎、魚、(米は僅かに作られてはいたが大変な貴重品だった)、等の食べ物や着物と物々交換(何が物々交換なのか良く判らないが)ではなかったかと思う。何時の時代も男と女が存在するという事はこのような仕事?が成り立つのであるから、これも八丈島が流人天国と云われる所以だろう。
特に花蝶は流人船(けっこう当時としては大型船だったらしい)で八丈島の底土に着いてから(スグに上陸はしなかったらしい)綺麗な花魁衣装に着替え、丹念に化粧して提灯持ちや下男を従えハシケで堂々と底土ヶ浜に上陸。それは、多くの島中の住民が見物にきたらしい。勿論、相当の小金も持って来たらしいが、既に遊郭を開く気持ちを持っていたらしく宣伝上手だったのだろう、今で見れば浅草の花魁ショーみたい物であったろう。
その生活振りも派出で、いつの間にか先輩格の存在を脅かすのだから、今度は豊菊の方が穏やかでない。要はお客の取り合いなのだから、それから2人のライバル争いが繰り広げられるのである。
その昔、自然環境の荒れていない当時の豊かな海を考えると、さぞや大型の魚が沢山獲れて、この2人の遊郭にも、さぞかし大きい魚が持ち込まれたのかと思うが、島の古文書などには、以外とモロ(ムロアジ)やフグ(これはどうも石垣ふぐ、ハリセンボン、であったらしい)やブダイのたぐい、ササヨ(磯臭いイスズミ)と書かれ、タイやヒラメの類は勿論、伊豆七島で高級魚扱いされるのアオダイやオナガダイ、それに大型青物などの記述は無い。

当時の漁具のレベルが低かったのであろうか?若干だが、タコやイセエビ、アカバ(ハタ科の根魚)が獲れると大騒ぎしたとあるので、多分その殆どが磯場の素潜り漁だったのだろう。
そして、2人のライバル関係も数年経つと驚くような展開を見せる。まず、花蝶は、後から流されて来た御家人崩れで、まるで役者風の佐原喜三郎と云う男とねんごろになる(これは最近の島の娘が、都会から来た茶髪のワカゾウ君にポーっとなってしまうのと同じだ)。そして、このフグやらブダイやらを代金代わりに持ち込んでくる漁師達五人と謀って、三根の漁船を盗み天保9年(1838年)に島抜けをする。
それは、この八丈島流人の歴史の中でたった1つの脱出成功例なのだが、これも後に茨城県の荒野浜に上陸したが捕らえられ、小伝馬町の牢に暫くは入れら花鳥は斬首、喜三郎はその後の死罪を免れたと云う。
しかし、この花蝶が捕まったニュースは八丈島には伝わっていないので、ライバルの豊菊も黙っていない、この花蝶が島抜けしてから7年後の弘化2年(1845年)にやはり流人で、女犯の罪で流された生臭坊主の宝禅と、これも武士であろうか、坂木茂三郎等の6人でやはり漁船を盗んで島抜けする。
しかし、豊菊は船を盗む際に漁師を殺してしまった為に脱出直後に発覚してしまい、島役人に船で追われ八丈島から北に20マイル程の御蔵島との中間点、その黒瀬と云う難所で(広い浅根の上を黒潮本流は通っていて物凄く潮流が早い)所で立ち往生している所を役人の船に捕まる。それは、修羅の大立ち回りの末に御用となり、直ぐに島の稲場の刑場で銃殺の刑になるのだ。
どうも八丈実記と云う本によると花蝶は何故か、その記述では捕まって3ヶ月とも3年間とも、いずれにしてもその間に牢生活で直ぐに刑は行われていない。その上、斬首と云われているのだが、首を曝された記録が無く、それに喜三郎も死罪を免れているのは不思議である。
それに比べて、豊菊の方は直ぐに、それも多くの島人の面前で確実に死んでしまう銃殺刑である。死に行く前に「虫になって畑を食い荒らしてやる」と嘯いた豊菊だが、翌年に芋の芽が害虫に食い荒らされ大凶作になったとか、こんな話しが残されている(島では里芋の事を豊菊芋と呼ぶ)のは、彼女の花鳥に対しての強いライバル心からくる怨念なのだろうか。
それにしても歴史とは奇なり、きしくも同じ時代に、それも同じ火付けの罪で八丈島に流され、同時期にそれも御家人風の男を唆し(逆かも知れない)、男数人を伴い島抜けする、これは凄いドラマである。売られて遊女になった悲しい運命、その荒んだ生活の中にも純な恋心もあっただろう。多分男に恋い焦がれ裏切られ「畜生!!、悔しい~!!」等と呟きながら火打石を叩く、その紅蓮の炎がその美しい顔を照らす時どんな表情であったのか、そんな絵図がまるで今事のように私には想像できる。
数年前のその豊菊が捕らえられたと云う黒瀬に、我が家の女房殿と一緒に船釣りに行った。その時に、大型の魚が女房殿の針に食いついてきて、これと奮闘する彼女、その髪を振り乱す姿に、あの遊女豊菊が、役人相手にこの黒瀬での大立ち回りをした姿を思い浮かべ、嗚呼、輪廻転生、「げに恐ろしきは女なり」……。「う~、さぶっ!」。


(岳洋社 2002年5月掲載修正)

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kotoripiyopiyo:

真央ちゃん

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(via shunta)

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